2014年2月8日。
東京に大雪が降った夜、私は東京駅にいました。
仕事の帰りに撮った一枚を、当時Twitterに投稿しました。
添えた言葉は、とても短いものでした。
「星降る東京駅」
空から舞い落ちる雪が、駅の光を受けて無数の星のように思えたあの日。
特別な場所へ行ったわけではない。
なぜか行かなければいけない気がした。
純粋な撮りたい気持ち、今日は何かが起こるんじゃないか?
東京駅の前はほとんど誰もいない(今では考えられないですね笑)
そして、気持ちに導かれて降りしきる大雪の中で掴んだ一枚でした。
手から手へ渡っていった一枚 — 今も残っているという記録の意味
https://x.com/rintaro_ukon/status/432112839684136961

当時の投稿画面。生成AIという言葉すら一般的ではなかった時代の記録として保存しています。
投稿すると、想像を超えて多くの方の手へ渡っていきました。
現在確認できる記録でも、8,000回を超えるリポストが残っています。当時のTwitterの規模感で言えば、今でいう数十万インプレッションに相当する広がりでした。
当時いただいた返信に「RAWで撮影してPhotoshopで現像?」という質問がありました。私は「Lightroomを好んで使用します」と答えていました。
つまり2014年から、この写真は「これは本当に現実の景色なのだろうか」と問われていた一枚だったのです。
2014年と2026年
2014年は、現実なのに非現実に見えた。
2026年は、非現実を簡単に作れる。
技術は大きく変わりました。けれど私が写真を撮る理由は、あまり変わっていないのかもしれません。
私は、現実の中にある非日常を撮りたい
雨、雪、暗闇、逆光、水の中。
普通なら「条件が悪い」というか、そもそも撮ろうとすら思えないコンディション。
そんな中に、実は誰も見えない美しい瞬間が潜んでいるのです。
私はそこに惹かれます。
この「星降る東京駅」も、雪が降っていたから撮れなかった写真ではなく、雪が降っていたから生まれた写真でした。
悪条件を、作品に変えるということ
この思想は、今の私のウェディングの撮影にも繋がっています。
UKPHOTOGRAPHYで大切にしている「思い出ごと作品に」
これを支えているのは、どこでも、全国各地どのような場所に呼ばれたとしても、そしてどんなコンディションに見舞われたとしても撮り抜くという、技術に裏打ちされた即興の上に成り立っています。
悪条件すらも、避けるものではなく、作品になる瞬間です。
写真とAIの時代に思うこと
AIを否定しているわけではありません。
ただ、どんな世界でも作れる時代になったからこそ、写真の価値はむしろ強くなると思います。
自分がそこにいたこと。
寒さを感じ、光を見つけ、カメラを向け、その瞬間に高揚を感じ、鼓動を感じ、笑みが込み上げ、もっと撮りたいと、もっと先に進みたいと、その先にある美を見たいと思ったこと。
そして、現実の中から、自分だけの特別な景色を見つけたこと。
何者にも変え難い、人生の宝を手にしていたのかもしれません。
12年後に、この写真と再会して
当時はただ美しい何かに出会えるのではないか、と期待に胸を躍らせながら切ったシャッターでした。
でも振り返ると、この一枚には今も大切にしているものがすでにありました。
日常と非日常。光と陰。制約を作品へ変えること。そして、何気ない現実の中に奇跡を見つけること。
結局私は今も、あの日と同じものを探しているのかもしれません。
現実の世界のどこかに、一瞬だけ現れる、まだ誰も見たことのない景色を。
それこそがAIの時代だからこそ、輝きを増す、その人だけの、その人の持ちえる、その人からしか生まれない最高の価値なのではないかと思うのです。
AIが目指す至高の裏で人間の役割が取って代わられる?
そんな時代だからこそ、人間の持つ自己というオリジナルが輝き始める。
それを信じられるか、自分をどう好きでいられるかの時代になっていくと思うのです。
「星降る東京駅」
写真・文:右近倫太郎 / Rintaro Ukon
UKPHOTOGRAPHY代表 / ウェディングフォトグラファー
※本記事はAI生成ではありません。2014年2月8日に撮影・投稿した現実の記録です。